紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク 紀伊・環境保全&持続性研究所
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  本の紹介

 丸田 一 著: ウエブが創る新しい郷土  −地域情報化のすすめ− 

           2007年発行 講談社現代新書 174頁

 (本の構成)

 
まえがき
  第1章 地域という幻想
  第2章 地域情報化とは何か
  第3章 対話の共同体
  第4章 想像の共同体
  第5章 Web 2.0以降の地域
  あとがき
     

(書評)

 著者は、情報社会学、地域情報化の専門家として、全国各地の地域情報化と地域再生の事例を見聞する機会を多く持ち、2004年には「地域情報化の最前線」という本も出している。この本では、採算の面から大手通信会社が高速通信網の敷設に踏み切れない農山村の情報過疎地域で、役場職員や地域の業者が如何にして高速インターネット環境を可能にしていったかが語られている。今回紹介する本書は、その続編であるが、内容的には多少重複しているものの、その後のSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の普及なども踏まえ、地域と情報化の関係に焦点を当てて書かれている。

 第1章では、最近の地域と地域意識の衰退について述べられている。大都市とその周辺地域では人口膨張により市街地が一体化して境界が無くなっていること、地方では中心的商店街が衰退し、農山村の高齢化・過疎化により社会的機能が弱体化し、また、平成の大合併によって従来の地域の境界が無くなってきていることが指摘されている。さらに、経済的には、大手スーパー、コンビニ、大企業の支店などが地域内における所得循環を弱め、地域での所得を本社のある東京などの大都市に移転してしまうのに対し、地方への所得再配分機能のある国からの交付金や公共事業の削減によって、地方はますます疲弊しつつあることが述べられている。地域再生に当たっては、まず、このような厳しい現実を見る必要があり、一方では、地方分権の推進、子供の安全を巡って地域の連帯が叫ばれているなどの新しい芽が生じていることも述べられている。

 第2章では、地域情報化とは何かということで、従来の「都市計画」に基づく地域のゾーニング(用途ごとの土地の区割り)を柱とする地域作りと対比させながら、「地域情報化」による地域作りについて説明している。「都市計画」では空間をデザインするが、「地域情報化」では「集団(人の集まり)」をデザインすることが中心となる。そのためには、地域と結びついた「地域プラットホーム」と「地域メディア」という2つの機能が必要であるとしている。前者は、地域に係わりのある顕名化できる人達が参加し、交流と相互作用を生み出しつつ、地域の課題を解決していく協働の場である。後者は、前者と比べてはるかに多くの人達が参加し、情報発信や情報交流を行い、これを通じて共通の地域イメージや地域物語を作り、地域の実体を回復させるものであるという。地域情報化のために、情報技術や地域のメディア(テレビ放送など)が道具として使われる。

 第3章では、「地域プラットホーム」による活動の事例が3つ取り上げられている。退職サラリーマンを中心に市民向けパソコン講座を開催する「シニアSOHO普及サロン・三鷹」、生涯学習活動を行う「富山インターネット市民塾」、佐賀県にある地域に根付いた起業支援のための「鳳雛(ほうすう)塾」である。これらの活動のなかで、どのように「地域プラットホーム」機能が発揮され、情報技術が駆使されて運営がなされているかが紹介されていて、大変面白く、参考となる。

 第4章では、「地域メディア」が地域の再発見や地域イメージの形成に役立った事例が3つ取り上げられている。お笑い芸人を年間雇用することによって、人間がメディアとなって地域情報の発信、交流、情報蓄積を行った「佐渡のお笑い島計画」、熊本県人吉球磨地域での「住民ディレクター養成講座」の開催と住民ディレクターによるテレビ番組作成を行う「PAC(パブリック・アクセス・チャンネル)と住民ディレクター活動」、および参加者や話題について対象地域を設定した「地域SNS」である。著者は、地域SNSは、今後一層普及する可能性が大きいことを述べている。

 第5章では、Web2.0以降の情報社会における地域情報化と地域の役割について述べている。なお、Web2.0というのは、大衆自らがブログ、SNS、ホームページなどによって大量の情報を生成し、Googleなどの検索システムによってたちどころにそれらの収集、検索が可能であるような情報世界であると考えられる(注:筆者)。著者は、Web 2.0の情報洪水のなかで、個人や集団が主体性を失わないようにするためには、自律的な情報コントロールが必要であること、自ら主体となって地域情報化を進め、地域に根ざした「地域プラットホーム」や「地域メディア」によって、住民や地域団体などが活動しやすい最適な場を作っていくことを勧めている。

 筆者は、本書を読んで、地域再生と情報技術との関係について啓発されることが多かった。ウエブ(インターネット)は、地域再生と地域情報化のための便利で有力な道具であるが、そのためには、地域住民が自ら立ち上がることなくしては不可能である。ウエブなどの情報技術は、その触媒として、あるいは、「地域プラットホーム」と「地域メディア」という2機能をもった枠組みを構築することによってそのインキュベーターとなるのではなかろうかと思われる。本書でも述べられているように、1つのすばらしい「地域情報化」の取り組みは直ぐに全国に伝搬するので、既に多くの地域で、意識、無意識に関わらず、そのような取り組みが始まっていると思われる。著者は、地域情報化という営みは時代の大きな流れでもあるとも述べている。しかし、「地域」は大小、あるいは情報過疎の程度など様々であり、「地域情報化」が進められていないところには、そのための人材育成、情報網整備、行政のてこ入れが必要ではなかろうか。地域再生に取り組む方々、関心を持たれている方々にとって、本書は地域再生の最先端の動きをうかがうことのできる格好の本であると思われる。(2008.2.26/M.M.)
 

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